よい子のウェブ絵本 屍姫。



…あるところにとても頭のいい学者がいました
学者は人里離れた山奥のとても大きなお屋敷に住んでいました
頭のいい学者はそのお屋敷にたった二人で住んでいました
住んでいたのは、アリッサと言う名前の長い黒髪の白い肌の娘でした

「ただいま、僕の可愛いアリッサ、今日も君は美しいね
君の美しさはまるで春先に儚げに散る白雪のようだ」

アリッサは旦那さまの言う難しいことはわかりませんが 少しうれしくなりました。

「今日は体の調子はどうだい、おなかの調子はよくなったかな?」

アリッサはすこし俯いて首を横に振りました。

「そうかい、じゃあ夕食が終わったら診てあげよう 僕の部屋においで」


人は神によって創られ 人は神によって生かされている 人は神にあらじ 人は神の所業を真似る事許されじ ー大聖教徒正典レミ節第4論より抜粋 ああ主よ、わたしはもう貴方の元へは向かえぬ身 わたしは主の教えに背き悪魔の所業を行った 亡くした妻の血肉を使い妻を模して不死人形をわたしは作った だがわたしは魂までは作れなかった これが主の罰なのでありましょうか、願わくばわたしの懺悔を (以下損傷により解読不能) ーある学者の日記より抜粋 「うん…、特に悪い所は無いようだね アリッサ。 人工臓器の劣化も無いようだ。」 「ああ 僕の可愛いアリッサ、こうして僕が君を診続ける限り 君は永遠に美しいままなのだよ」 アリッサは本当はおなかは痛くありませんでした でもアリッサは旦那さまの指でおなかの中を触られたり 旦那さまに体を触られると おへその下がじんじんしてなんだか不思議な気持ちになるのでした。 「じゃあ、おなかを縫合するから 今日はもう休もうか、アリッサ」 アリッサはこくりとうなづきました。 アリッサは旦那さまに嘘をついてしまった事を反省しました。
旦那さまがお勤めに出かけている間は アリッサは大好きなお掃除やお洗濯をします お夕食の下ごしらえをしたり お仕事はたくさんあります そうしていると寂しい時間はすぐに終わってしまいます ですのでアリッサは旦那さまがお勤めに行っていても寂しくありませんでした 飼い犬のアントワネットもアリッサの大切なお友達なのです。
今日も旦那さまはとてもお優しい笑顔でお帰りになりました 旦那さまは綺麗に包装された箱と沢山の真紅の薔薇を お土産に持ち帰ってきました。 「今日で君が生まれて4年目だねアリッサ これは僕からのプレゼントだよ」 箱の中身、それはとても上品な純白のドレスでした アリッサは着かたがわからないので旦那さまに着せてもらいました ドレスは丈もぴったりでそれはそれは美しい姿になりました。 「ああ僕の可愛いアリッサ、なんと君は美しいのだろうか、 この姿の君を舞踏会に連れて行きたいものだ、しかしそれは叶わぬ夢だ…」 ちょっとだけおなかがきゅうくつでしたが、アリッサはうれしくなりました。 「アリッサ…君は薔薇の花がなぜ赤いか知っているかな?」 アリッサはよくわからなかったので首をかしげました 旦那さまは微笑みながら 「赤い薔薇たちは君という美しい白薔薇に嫉妬して真っ赤になってしまったのだよ、アリッサ」 アリッサは難しい事はよくわかりませんでしたが 今日はとってもいい気持ちでした。
15年前 旦那さまの奥様はお屋敷で静かに亡くなられました 元からお体の弱い方でしたが、医学に精通した旦那さまですら治せない不治の病で 奥様は天に召されたのです。 旦那さまは日々命の灯火が消えていく奥様を 一人熱心に看病し続けました 「ああ僕の可愛いアリッサ なぜ君がこのような仕打ちをうけねばならないのか、神などはいない いないのだ」 手足を動かすことすらできなくなった奥様は優しく旦那さまを見て微笑みました 「君の美しかった黒髪は真っ白に 美しかった陶器のような肌は死人のように真っ白だ」 奥様は今にも途切れそうな声で旦那さまに語り掛けました 「わたくしはもうすぐ神様の下に参りますが どうかあなたはわたくしの死に囚われないで生きて下さい」 「君のいない人生など僕には考えられない」 「どうか明日を見つめて生きて下さい 素敵な女性がいれば、その方と恋に落ちるのもよいでしょう」 「まさか、そんな事があるはずがない 僕が君以外の女性に」 「明日はもっと素敵なあなた 明日はもっと幸せなあなたになれることでしょう、だってあなたは生きているのですから。」 「…。」 「あなたはとても繊細で傷つきやすい、とても可愛いお方、どうか明日を見て生きて下さいな」 奥様はそう言うと静かに目を閉じました 奥様はそれから目を覚ます事はありませんでした。 旦那さまはその時、奥様をよみがえらせる決意をしたのでした。
「スタイナー博士、マルコヴィッチ様がお見えです」 と、秘書が旦那さまに声をかけました 旦那さまは、この神学大学校にて薬学や医学を教える博士としてお勤めしていました 「通してくれたまえ」 すると牧師姿の紳士が花束を持って旦那さまの元へ歩み寄って来ました 「休憩時間にも読書かね?本当に君は勉強の虫だな、スタイナー」 「今日はどうしたんだい、君に花束とは似合わないな」 紳士は微笑むと 「明日はアリッサの命日だろう、これを彼女に。」 「覚えていてくれたのか、ありがとう」 「なに、わたしも彼女を愛していた、彼女の事は今でも覚えているよ」 「…すまない」 「何を謝る事がある、彼女は君を選んで幸せのまま天に召された、それでいいじゃないか」 無二の親友の紳士は旦那さまの肩に手をおくとにっこりと微笑みました 「また今度酒でも飲もう、じゃあ彼女によろしく」 「聖職者が酒とはおだやかじゃないな、また会おう、親友よ」 秘書と親友が研究室から出た後、一人つぶやきました 「彼女は死んでなどいない、僕にはアリッサがいる、そうだろう…アリッサ。」
旦那さまは今日は険しいお顔でお勤めから戻られました そしてお出迎えに玄関に待っていたアリッサを抱きしめると 「すまない僕の可愛いアリッサ、今日は大広間には来ないでくれ、食事も君一人で部屋でとってくれ」 アリッサは怪訝そうな顔でクビをかしげました 「今日は僕に出資してくれる貴族の婦人が来るんだ、君を他人にみせるわけにはいかないんだ、この誘いだけは断れない… ああ…僕にもっと財や力があれば…あのような売女に…」 アリッサは難しい事はわかりませんでしたが 旦那さまはとても嫌そうにしていました 「君と僕は体の繋がりはないが、僕の君への愛は粘膜を擦り付け合う行為などでは尺度は測れない、 君とはもっと高尚な、魂の繫がりあいとでも言おうか、 今から僕は醜い売女に体を売るが、これは仕事のような物なのだ、どうか許してくれアリッサ。」 旦那さまはそう言うとアリッサの部屋から出て行きました。 …大広間では醜く腹の垂れた婦人がソファーに座った旦那さまの眼前に跨り、下半身を舐めさせていました 「世間では希代の天才と呼ばれるお前をこのように犬のように扱えるのは 世界広しといえどもわらわだけじゃろうな…」 「その通りでございます、お嬢様」 「休むでない!もっと犬のように奉仕するのじゃ」 アリッサは物凄く嫌な気分でした。 でもそれがなぜかはよくわかりませんでした でも物凄く嫌な気分でした。
今日は旦那さまは休日です 今日はずっと一緒にいられるのでアリッサは朝からとても上機嫌でした でも旦那さまはお疲れのせいか書斎でうたた寝をしてしまい アリッサは起こすのも気がひけるのでちょっとむくれてお庭のお掃除をしていました すると あれ程見られてはいけないといわれていたのに 10年ぶりに来訪した酒瓶を抱えた一人の紳士に見られてしまいました。 ついに生前のアリッサを知るマルコヴィッチ異端査問官に見られてしまったのです ですがアリッサはマルコ神父の事を知らないのでぺこりとお辞儀をしました 「なんという事だ…」 アリッサを見てマルコ神父は絶句しました 何故なら今でもそっくり覚えている15年前に死んだはずの彼女と瓜二つ、いやそのものが目の前に立っているからでした 「まさか…ただそっくりなだけかもしれない…」 顔や腕に大きな縫い跡がある以外は サファイアのような青い瞳 流れるような黒い髪 目の前の娘の全てが彼女そっくりだったのです。 しかしその娘は蒼白で生気はなく、紫色の唇を隠すためにささやかに塗られた口紅 まさに屍、まさに生ける屍のようでした。 「君の名前はひょっとしてアリッサというのではないかね…?」 アリッサはこくりと頷きました。 「……!」 マルコ神父は懐の祝福儀礼済の弾丸が装填されている大型の拳銃を握りしめました。
「君には失望したよ スタイナー」 「な…なぜ君がここに…!」 屋敷内に響き渡る銃声と絹布を引き裂いたようなアリッサの叫び声に跳ね起きた旦那さまは庭に飛び出しました そこには腕の無いアリッサと硝煙の香りと親友が立っていたのです 「…人を造ってはならない、死者を甦らせてはならない、学校で習わなかったかね…?君ほどの男がこんな過ちを犯すとはな…」 マルコ神父は伏し目がちに言いました 「やめろ!彼女に何をした!」 「私の身分を知っているだろう? 私は邪教や邪法の者を始末、逮捕する特務機関員だ、この不死者を始末し、君を逮捕しなければならない」 こうなる事を恐れて旦那さまはアリッサの事をひた隠しにし。 滅多な事が無い限り屋敷に人を入れようとしませんでした マルコ神父は久しぶりに酒でも酌み交わそうと旦那さまに黙って来訪したのでした 「…私も目を疑ったよ、だが腕を撃ってわかった、血も噴き出ず体組織がすぐにも自己再生を始めている、邪法の不死人形の顕著な例だ」 マルコ神父は旦那さまに拳銃を向けました 「さあ、無駄な抵抗はやめろ、君を異端査問裁判にかける、死罪だけは免れるよう私が工面する…。」 「彼女は生きているのだ…!僕は…僕は…」 旦那さまは頭を抱えたまま膝を折り曲げ 地面に座り込んでしまいました これで何もかも終わってしまった、旦那さまはそう思いました 「君は彼女を冒涜したのだ 彼女の魂を死を冒涜したのだ、 なぜ安らかに眠らせてやらない、人間に魂など作れるはずがない、 この娘は見た目はアリッサだが魂は空の君の言う事だけを聞く人形と違うのかね?」 旦那さまは何も言う事はできませんでした 旦那さまは涙を零しアリッサを見つめました 「…お待ち下さい…神父…さま…」 聖弾による浄化の痛みに震えるアリッサの口から声が聞こえてきました
「…驚いたな、教えた言葉を蓄音機のように喋るのではなく、自分の意思で喋る人形は初めて見た…声までそっくりだ…彼女に…。」 マルコ神父はもう一つの拳銃を取り出しアリッサの頭につきつけました 「アリッサ!僕にかまわず逃げるんだ!」 旦那さまは叫びましたがアリッサはマルコ神父に語りかけました 「神父さまの…幸せは…なんですか…?」 「何だと…?」 「わたしの…いちばん大好きな事は…旦那さまのお召し物を洗濯したり…旦那さまに召し上がっていただくお食事を作ったり…する事です…」 アリッサは泣いていました、でもそれは聖傷の痛みの涙ではありませんでした 「旦那さまは…奥様に会いたい一心で…私をお創りになったのです…旦那さまを…どうかお許し下さい…私はただのできそこない…どうなってもかまいません…」 「頼む、その娘を殺さないでくれ!僕はおとなしく逮捕される!死罪だろうがかまわない、頼む!その娘だけは!」 「よいのです…旦那さま…私のことは…どうかお気になさらないで…」 そう言って微笑むアリッサは生きていた頃の奥様のやさしい笑顔そのものでした。 マルコ神父は互いに命を顧みず庇い合う二人をじっと見ていました。 それは大聖典にある人と人とがあるべき姿でした 「全ての人々が…君たちのようであるなら、貧困も、戦争も、不幸も、悲劇も起こらないだろう」 そう言ってマルコ神父は銃を収めました 「僕を…僕たちを見逃してくれるのか…」 旦那さまはアリッサを守るように抱き寄せました 「私はここで何も見なかった、そうだろう…?」 そう言うとマルコ神父は踵を返し、正門に向かいました 「次は君のおごりで酒でも飲もう…アリッサ君も一緒に」 「ああ…君なら大歓迎だ。」 主よ、あなたに背く私をお許し下さい、そう心の中でマルコ神父は呟いていました マルコ神父が庭園からいなくなった後も旦那さまはしばらくアリッサを抱きしめていました 「ああ、僕の可愛いアリッサ、僕は今まで君を創った事に後ろめたさを感じていた、だから君を品物で着飾ったり、花を贈ったり、そういった事で君に尽くしてきた」 アリッサは旦那さまの言葉を静かに聴いていました 「だが今は声を大にして言おう、僕は君を創って本当に良かった」 「わたしも、旦那さまだけがわたしの全てです」 「旦那さまなどという無粋な呼び方はもうやめてくれ、君は僕の妻なのだから。」
オーウェルの山にある白薔薇のお屋敷には年を取らぬ不思議な女神が住んでいる この国でまことしやかにささやかれる噂です 愛するあなたへ 今日はあなたの50回目の命日ですね。 私はあなたに捧げる白薔薇を、お庭いっぱいに育てました 天国はどんなところですか?奥様には会えましたか? 私はあなたが教えてくださった医学で沢山の人の力になれています。 あなたのおかげでたくさんのお友達ができました 私はそれがとてもうれしいのです 今日はカテリーナという女の子の、目の包帯を取る日なのですよ 「せんせー!みえるよ!ほんとうに!」 戦争で光を失った女の子の目の治療が、今日、ついに終わったのです 「よかったわねカテリーナ、またお母様とお父様のお顔が見えて」 アリッサはにっこりと微笑みました 父親と母親は涙を流し娘を抱きしめました 「先生、あなたはほんとうに女神のようなお方だ、我々のような貧しい者たちにも分け隔てなく接してくださる」 「医者にも見離された娘の目を…本当にありがとうございます」 両親は何度もアリッサに頭を下げました 「お礼などよいのですよ、あなた方家族に笑顔が戻るだけで、私は満足なのです」 旦那さまは晩年、事業が大当たりし、巨万の富を得ました。 80と7歳で亡くなるまでアリッサと夫婦水入らずでお屋敷で暮らしました アリッサは旦那さまから医術を習い 自分一人でも体の管理ができるようになっていたのです 自分が亡くなった後の事を考えての旦那さまのお考えでした。 アリッサは脳が活動できる程度の少しの食物で生きていけたので 旦那さまの遺産には手を一切つける事はなく、お庭に作った菜園で野菜を育て、 果物の木を植え、冬に備えて干し果物をつくり、ジャムをこしらえ 慎ましやかに暮らしました、そして旦那さまが亡くなられて20年ほどしたころ 迷い人を手厚く看病した頃からだんだんと人々がアリッサの元に癒しを求めて集まりだしたのです アリッサは旦那さまの残したあまりにも莫大な遺産の使い道をその時思いついたのです。 それから戦争が始まり、アリッサの仕事は更に大忙しになったのです。 アリッサは飢えた人が屋敷に訪れれば食べ物をふるまい。 怪我をした人が訪れれば治療をしました。 戦争が終わった頃は、旦那さまが亡くなられて48年も経っていたのです。 今でもアリッサの噂を聞いて、幾人かの人が屋敷に癒しを求めにやってくるのでした 両親とカテリーナは馬車からいつまでもアリッサに手を振っていました アリッサも笑顔で馬車を見送りました アリッサは一息つくと青い空を見上げつぶやきました 「さて、あなたのお墓とお庭のお掃除をしなくちゃ」 屍姫:白薔薇の女神 おしまい。